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2017年2月の2件の記事

2017年2月17日 (金)

高校生の夢、飛んだ 「飛行機の父」明治の図から製作 

名古屋市立工業高校飛行機同好会の生徒らが「日本の飛行機の父」と

呼ばれる二宮忠八
(ちゅうはち)(1866~1936年)明治時代の

スケッチを基に
2010年に製作を始め、その飛行機の試験飛行が

二十八日、
津市香良洲(からす)町の民営の香良洲飛行場で

ジャンプ飛行に成功した、という。
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17.1.28高校生の初のジャンプ飛行機(中日新聞のHPより)
17217246db1be20a80218a25e3079b1fd1c しゃベルのHPより、初号機の開発        

エンジン式有人機の飛行成功は高校生では日本初の快挙で、

見守った生徒や卒業生ら
約百人が喜びを爆発させた。

初号機は重量オーバーで飛行できず、二号機の今回は機体や両翼を

軽量化して臨んだ。

時速約四十五キロに達して一メートルほどの
高さに浮き上がると、

そのまま約五秒間、
約七十メートル宙を舞った。
                                        東京新聞2017年1月29日 朝刊より

実は、小生のHP16.3.5の3月号のブログに、 

「新発明したが、一足先に 飛行機
「日本にライト兄弟より先に・・・」を

掲載しました。
航空機の歴史は、アメリカのライト兄弟が初めて空を

飛んだ
ことから発展してきましたが、このライト兄弟のフライトより前に

香川県のひとが
空を飛ぶことを夢め飛ぶことが可能なところま考えて

模型を作ったそうです。

その人は、二宮忠八でカラスが翼を広げたまま
滑空する姿を見て

ひらめいたそうです。

2年後カラス型のゴム動力による模型飛行機を
作り約10M飛んだという。
Photo 二宮忠八飛行機館のHPより
 
ライト兄弟が1903年の12年前の出来事。その後、玉虫型飛行機の

設計をし、軍に協力を3度も要請したが却下された。

玉虫型飛行機の完成まであとすこしまできたところで機体をたき

壊し止めてしまった。

それはライト兄弟が飛行に成功したことを知ったことによるという。

力と資金力などのあるところの支援があれば、どうなっていただろう?

では、そのカラス型、玉虫型の飛行機の姿は、香川県まんのう町の

二宮忠八飛行機館に実物大の模型が展示されています。

2017年2月 5日 (日)

「昔の家」林芙美子のエッセイ

林芙美子の「昔の家」のエッセイを読みました。
実に家づくりの本質をついていて現代でも
十分通用する内容だと感じました。
このエッセイは、昭和25年1月号の藝術新潮に
掲載された文章です。
林芙美子曰く、人に見てもらうための家でなく
住み心地のよさを追求すること。
この家を建てるのに6年をようしたという。
資金づくりに2年、設計に1年、工事に3年、
昭和10年から初めて16年8月に竣工。
といろいろ関心するところ、
参考になることがありました。
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写真は、林芙美子記念館のHPより拝借いたしました。

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